2025.06.02
2025年4月14日 ドリーム・インキュベーション・ワークショップ レポート
開催概要
日時:2025年4月14日(月) 18:00~19:30
場所:東京藝術大学 上野校地 国際交流棟4階 GA講義室
アーティスト:リウ・ユー
この日、東京藝術大学上野キャンパスにて滞在中のアーティスト、リウ・ユーによる「ドリーム・インキュベーション・ワークショップ」が開かれた。本ワークショップでは、参加者が神話や自然などに関連する物語を持ち寄り、アーティストや他の参加者に語って共有する活動を行った。
リウ・ユーは「植物の擬人化関係」について日本でリサーチを実施するためにプログラムに参加した。マンドラゴラにみられるような植物に人間の形質を与えた表象や、擬人化の風習について調べたり、来日してからは『古事記』を読んでみたりとハードな資料集めの日々を過ごしていたようだ。
そのなかで、リウ・ユーは自分の力では見つけにくい範囲の「植物と人間の関係」を求めてワークショップを実施することにした。案内メール文にはこうある。
「あなたの好きな神話でも、自然にまつわる話でも、出身地の伝説でもかまいません。かつて親から聞かされた物語、あるいは夢の中で記憶に残っている断片でもかまいません。一つの物語をワークショップにお持ちください。一緒に夢と物語をシェアし合うスペースに入りましょう。」
リウ・ユーは「神話にまつわる話」というテーマを設けただけで、物語の形態には縛りを設けなかった。筆者もなんとか物語を選びワークショップに参加したが、広すぎる「物語の範囲」にはかなり頭を悩ませた。ほかにもそんな参加者がいたのではないだろうか。
ワークショップ当日には短い準備期間にも関わらず、予想以上の数のGAとGAPの学生が集まった。会の冒頭にリウ・ユーが自身のリサーチ内容をバックグラウンドとして共有してから、実際に参加者の物語を聞く段階に移った。約15名の参加学生がいたものの、語られた物語は本当にバリエーション豊かだった。日本や韓国の昔ばなし、中国の教訓、キューバの精霊の噂。それだけではない……家族から伝え聞いただけの話、自分がみた夢、学生自身が創作した物語。リウ・ユーは学生たちが語るあいだ、メモをとったり頷いたりしながら聞いていた。

リウ・ユーによるマンドラゴラのリサーチ
驚くべきことだが、物語が提出者によって一通り語られたあと、リウ・ユーはすべての話にコメントを寄せ質問をした。菅原道真が九州に流された際に、道真の庭の梅が主を追いかけて九州に飛んだという逸話・「飛梅」を紹介した学生には、
「植物が感情によって主を追いかけたというのがおもしろい」
と伝え、「植物と人間の感情を絡めた関係はタブー視されることが多いような気がする」とコメントを続けた。物語を語った学生は日本舞踊の経験者で、日本舞踊には「飛梅」の演目がある、と言及していた。演目内ではいかに感情的に梅を演じるかが重要なのだそうだ。なかなか触れる機会の少ない話題に部屋のあちこちで「へえ」と声が上がる。
筆者は地元の神社についての物語を持ち寄ってみた。神社が飼っている鶏が、実は日本神話に登場する神聖な鶏の子孫である、という内容だが、リウ・ユーは
「ほんとうに鶏を飼っているんですか」
「なぜ飼っているんでしょうか」
と神社が鶏を飼っている、という事実自体に興味を示していた。こちらが「もう少しリサーチするべきだったな…」と思うくらいの熱心さだ。
それぞれの学生とリウ・ユーの対話が進むにつれ、参加者がほどけて1つのフロアになっていった。お互いの話を聞きながら、反応が自生するような雰囲気だ。ひとりの学生が
「スピリチュアルな話には水と女性の組み合わせが多い」
という話題を提起し、終盤はオープンディスカッションのような形態になっていった。
ワークショップ全体を通して印象的だったことが2つある。
ひとつは見学も含めて最終的に30名近くが集まった、という事実からもわかることだが、多くの学生がワークショップを純粋に楽しんでいた、ということだ。神話や言い伝えなどいわゆる「ちょっと不思議な話」は、みんなが少しずつ「おもしろそう」と感じられる種類の話題だと思う。このワークショップには「聞きたい」から「話したい」まで、さまざまな欲求を引き受けられるキャパシティがあった。始めは物語の範囲について「広すぎる」と感じていたが、広く物語を受け入れることにより学生の関わりしろを作り、結果的に神話や伝説に登場するものの多様な受容のされ方を観測できていたように思う。
もうひとつは、神話や伝説に関わる物語がナショナリティや個人のアイデンティティと強く結びついている側面を経験できたことだった。GAやGAPには留学生が多数在籍している。ワークショップにも多くの留学生が参加してくれたが、そのなかにとても熱心に物語を語る学生がいた。持参した話を語るうちに、その神話に登場するものの神聖さや怖さを生み出している自国の自然環境・文化思想について詳細を足していく様子はとても興味深かった。相手の文化から「遠い」と感じられる部分にその場で言葉や説明を加えて、なんとか自分が理解しているように物語を伝えようとするふるまいだった。
参加したからこそわかることだが、このワークショップが要求している「物語をなんらかの形に落とし込み、他人がわかるように語ること」はやってみると案外難しかった。どんな形態であっても「ある物語」を説明しようとすると、その話がもともと誰の目線で語られているか考える必要があるだけでなく、その語り手と自分(ワークショップ内での語り手)の関係も考えねばならない。そういうわけで、他人に「自分がすでに知っている物語」を共有するのは思ったより骨の折れる作業であり、まさに「ナラティブ」を伝える作業でもある。「物語」を伝えているようで、「自分がどのように物語を理解しているか」を共有していたのだ。

だから「ドリーム・インキュベーション・ワークショップ」の終盤、オープンディスカッションに突入したとき、筆者はそのスムーズな始まりに驚くとともに少し納得した。お互いのナラティブを個別に観測するフェーズがあったからこそ、異なる文化的背景を持っている参加者たちが意見を交換できたのだろう。インキュベーション(incubation)の語は「孵化」という意味だ。リウ・ユーのいうように、同じひとつの夢をみんなで無意識に育てていたのかもしれない。
リウ・ユーの作品は自然、擬人化、物語をテーマにしている。彼女がこのワークショップからどんな作品をそれこそ孵化させるのか、楽しみにしたい。
文:タニグチ アスカ(GA修士課程)
プロジェクトコーディネネーター:金 秋雨(GA博士課程)
Profile

リウ・ユー
LIU Yu
1985年台湾生まれ。おもにビデオと空間インスタレーションを媒体として創作をおこなっている。彼女は芸術実践の制作方法論として、ドキュメンタリー的性質を持つ現地調査を継続的におこない、それをもとに複数の物語が結びつくように再構成する。空間、歴史、イメージ、語りの断片を繋ぎ合わせることによって、密接な関係性をつくり、物語を補完するようなプロジェクトを実現させている。 最近の個展には、国立台湾美術館での「女性たち」(台中、2023年)や、洪建全基金會/Project Seekでの「もし物語が大洪水になったとしたら」(台北、2020年)がある。グループ展には、「植物たちの遠征」(長征空間/北京、2024年)、「声を揃えて歌う 第8部: 波のあいだ」(ブルックリン鉄道インダストリーシティ/ニューヨーク、2023年)、「アクア・パラディソ」( 国立アジア文化センター/光州、2022年)、および国立台湾美術館での「アジア・アート・ビエンナーレ: ファンタスマポリス」(台中、2021年)がある。
- Participants
- LIU Yu
- Date
- 2025.06.02