2026.09.17

    2026年7月15日 八幡亜樹 | 劉致宏アーティストトーク レポート

    八幡亜樹 | 劉致宏アーティストトーク

    開催概要

    日時:2026年7月15日(水)18:00~19:30

    場所:東京藝術大学上野キャンパス国際交流棟3階コミュニティサロン

    ゲスト:八幡亜樹、劉致宏(リュウ・ジーホン)

    通訳:田中ジョン直人

    開催言語:日本語、英語

     

    7月15日、東京藝術大学上野キャンパス国際交流棟3階コミュニティサロンにて、TEA+のアーティストトークを開催した。日本から台湾へ派遣された八幡亜樹と、台湾から日本へ招聘されたリュウ・ジーホンが登壇し、それぞれの滞在を通して進めてきたリサーチと制作について報告した。八幡は芸術と医学の不可分性に立脚したコンセプトから、東洋医学を通じた身体知の回復を目指し、リュウは、異なる地域の漁具に焦点を当て、沿岸地域のバイオポリティクスの調査成果を語った。


    八幡亜樹:「藝医術」の探求ー芸術と医術の同源性と不可分性に向き合う現代美術実践ー

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     八幡は、学部から博士までを先端芸術表現科で学んだのち、芸術の必然性として医学を学ぶ必要性を感じ、後に滋賀医科大学の医学部に入学した。八幡はこうした中で「生きるために必要な芸術」と、「芸術のための芸術」という二つの重要な軸を持つようになったと語る。現在は藝術と医術の同源性や不可分性に着目しながら「藝医術」という独自の概念を掲げ、文化人類学的なフィールドリサーチなどを通して、身体的、歴史・文化的な視点から芸術を探求している。

     

     過去には映像インスタレーションなどをメインに制作していたが、現在はそれに加えて、音楽制作や、パフォーマンス、さらには、手で食べる文化のウェブサイトを通して、アーカイブを基軸に、手食という行為を通じて人類と世界をとらえなおすプロジェクトなどを行っている。(https://teshoku.com/about/

     

     八幡によれば、本来医術は人々が個人の生活の中で身につけ、実践していくものであったが、現代においては、その多くがシステムというものの中に内包され、特権的なものになってしまっている。医学は、ただ病気を「治す」ためのものではなく、身体を「理解」するためのものだ。そのため、八幡は、それらの医術を再び個の身体に回帰させる方法を考える中で、東洋医学に着目した。

     

     今回の台湾滞在では、この「藝医術」というコンセプトを深めるため、東洋医学と共に、太鼓、山水、獅子舞、道教などについてのリサーチも行ったという。特に八幡が太鼓に着目したのは、太鼓の音楽表現が、芸術であるのと同時に、治療効果を期待できる医術としても扱われていた歴史があるからだ。

     

     リサーチを進める中で、八幡は獅子舞に着目する。獅子舞には、気功や武術などの身体技法と太鼓による音楽表現が組み込まれており、身体と芸術と医学を結びつける「藝医術」の考えと重なる部分があると考えたためだという。また、日本統治時代の台湾では武術が規制される中、獅子舞が武術の練習を隠す役割を果たしていたという歴史的背景にも注目した。こうした背景から、八幡は獅子舞を自ら学び、その身体技法を追体験することにも意義を見出した。

     

     台湾滞在中には、台北芸術大学の葉晉彰 教授から気功の基本動作である八段錦や獅子舞の基本的な動き、太鼓の演奏方法を学んだほか、複数の獅子舞関係者から指導を受けたという。また、台湾の獅子舞で使用される太鼓と日本の和太鼓の違いについても調査し、台湾のリズムや演奏技法を取り入れながら和太鼓を使用するという作品の方向性を模索した。さらに、鍼灸の見学や、白沙屯の媽祖巡礼への参加を通して、身体を実際に動かすことによって道教的な思想や信仰に触れる経験も得られたそうだ。

     

     こうしたリサーチを経て制作されたのが、「熊人內經圖」である。この作品は伝統的な中国の身体図である「内経図」を現代的に再解釈し、獅子舞を獅子ではなく熊に置き換えることで、現代の都市と自然環境の問題を身体の問題として捉え直している。熊に焦点を当てたのは、八幡自身が登山などをする際に、都市に出没するようになった熊の問題、いわばアーバンベア問題に関心があったためだ。

     

     作品の中では、内経図に描かれる身体を、現代の「都市・里山・深山」という三つの環境に対応させて再解釈している。八幡は、熊の出没の背景には、都市と山の間に位置していた里山の機能喪失が指摘されていると語った。かつて人間が山と都市の間にあるものとして管理していた里山が、人口減少や担い手の高齢化によって機能しなくなったことで、都市と山の境界が曖昧になり、熊が都市へ進出する状況につながっているという。八幡は、身体と環境は互いに影響し合い、動的に連関しているという東洋医学的な考え方に共感していると話す。こうした熊と人間の問題も、都市と里山と深山の間での気の巡りの失調と解釈しうるとし、熊人内経図は、こうした現代の熊と人間の環境問題を、東洋医学の身体感と獅子舞の技法を用いて再解釈した作品であるとした。

     

     この作品を作るにあたって、他にも台湾黒熊保育協会からも調査の協力を得るなど幅広いアプローチを重ね、滞在の成果としては、オープンスタジオと展覧会を行った。こうした様々な人との交流を得る事そのものが、貴重な機会だったと八幡は語る。

     

    リュウ・ジーホン:漁具から読み解く沿岸のバイオポリティクス

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     リュウは拠点を台北に置く美術家であり、日本にもメディアに限定されず、様々な技法、手法を作品に取り入れながら、海やその周辺の文化や環境・そこで生まれる記憶や経験を、音や立体作品、インスタレーションなど多様な形で表現してきた。

     

     これまでの作品では、海や漁民の文化にまつわる人々の労働や記憶などを扱ってきた。台湾・高雄で行った《サウンド・ジオグラフィー》では、収集した音をイメージやスケッチ、文章と組み合わせ、横浜での個展「モノクローム」では、船舶で働く人々へのインタビューをもとに音や壁画、物語を展示した。また、台北で発表した《Silent and Still》では、船舶の信号旗や灯台、過去のインタビューなどをモチーフにした作品だ。近年では、2021年から2026年にかけて馬祖国際芸術島(馬祖ビエンナーレ)に参加し、海と人間の関係をテーマに、地元の漁民や児童生徒と協力して制作するなど、地域との関わりを取り入れた制作も行う。

     

     こうした過去の制作を踏まえ、今回の作品では、「潮の織り成すもの―万祝(まいわい)から大漁旗に至る沿岸のバイオポリティクス」をテーマにリサーチを行った。

     

     リュウは以前より海や漁民の文化に興味があり、台湾では望古諸島や韓国の釜山などをリサーチしてきた。すでに日本では11カ所でリサーチを行ってきたが、今回の滞在では、東京周辺の沿岸地区、房総半島や三浦半島の港などもリサーチする予定だ。こうした中で、リュウは手業というものがどのように現代アートに変換されていくのかという疑問を大きな軸として作品制作に向き合っていきたいと語る。そこでどのような漁法や技術が受け継がれているのか、どのような漁具が使われているのか、それらがどのような素材や技法によって作られているのか、また地域によってどのような違いがあるのかを調査している。

     

     リュウは漁具の形や使い方だけでなく、そこから地域の食文化や地理的条件、人々の身体と環境との関係を読み取ることができると考えている。過去伊吹島を訪れた際には、漁具のほかに、漁民が育てる虫や神社に描かれた魚、恵比寿信仰、イワシの加工方法などにも注目し、漁業を取り巻く文化を幅広く調査した。また、日本と台湾の漁具を比較する中で、形や用途が似ているものと異なるものがあることにも着目し、道具そのものだけでなく、それがどのように作られ、使われ、受け継がれてきたのかをイラストやジェスチャーなどによって記録しているという。今回の滞在では、三浦市や銚子市に残る「万祝(まいわい)」(漁師が大漁を祝うときに着る、絵柄の入った特別な祝い着 )の工房にも足を運び、染色や制作の工程を調査するなど、失われつつある手業にも関心を寄せている。こうしたリサーチを通して、リュウは漁業文化を単なる資料として収集するのではなく、そこに蓄積された地域固有の知識や技術、身体的な記憶を捉え直し、それらを現代にアートとしてどのように表現できるのかを探っている。


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    終わりに、二人のプレゼンテーションと質疑応答を通して共通して見えてきたことがある。それは、既存の知識や文化を単に題材として取り入れるのではなく、自らが経験し、地域の人々と触れ合う中で、その文化や歴史を理解しようという姿勢であった。リュウは、地域の方々など、調査の過程でかかわった人々を尊重し、作品制作において、彼らとの交流や継続的な関係を重視していることがうかがえた。一方で八幡は、獅子舞や太鼓といったものを外側から観察するだけにとどまらず、教えを乞い、自らの手で実践することによって、身体と他者の関わりを通して作品を再構成していると言える。

     

    今回のアーティストトークは、異なる地域や文化を横断しながら、現地での経験や、他者との関わりが、アーティスト自身の制作や表現にどのようにつながっていくのかを知る貴重な機会であったと言えるのではないだろうか。

    Profile

    Aki Yahata

    八幡亜樹

    Yahata Aki

    フィールド調査や取材に基づく、領域横断的な美術作品の制作を行なう現代美術家。主なメディアは映像+インスタレーション。「(地理的/社会的/心身的な)辺境」の概念を追求し、芸術により身体の可能性と生命力を拡張する方法を思索・探究している。

    Participants
    Yahata Aki
    Date
    2026.09.17

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