2025.06.03
2025年5月9日 第1回レジデンス交流会記録
2025年5月9日 第1回レジデンス交流会記録
開催概要
日時:2025年5月9日(金) 16:20~18:00
場所:東京藝術大学 上野校地 国際交流棟3階 コミュニティサロン
アーティスト:安西剛、リウ・ユー(TNUA)
開催言語:日本語、中国語
5月9日に上野キャンパス国際交流棟3階のコミュニティサロンでTEA+の第1期派遣/招聘アーティストによる活動報告会が行われた。
すでに台北での1カ月半の滞在を終え日本に帰国した安西と、1週間後に帰国を控えたリウ・ユーが同じ空間に揃い、レジデンスを振り返る。安西とリウ・ユー双方の滞在期間中のリサーチ・活動報告を聞きながら、来場者が質問する形式をとった。マイクロプラスチックを題材とした作品制作に取り組む安西剛は、台湾東部の海域でマイクロプラスチックの調査を行い、TNUAから来日したリウ・ユー(TNUA)は神話や伝説をテーマに調査するなかでヒューマノイドに関連する場所へ取材に赴いた。
まずは安西がユニークなパワーポイント資料で、自身のこれまでの活動と台湾でのリサーチの様子を共有した。
安西は当初は《Unsettled》にみられるように、プラスチックでできた日用品を本来の目的・用途とまったく異なる使い方で機能させる作品を制作していた。その関心はやがて材料そのものに移ったという。彼によれば、プラスチックは製品の形をしているあいだは「人間の欲望の形に押し込められている」のであり、「マイクロプラスチックまで細かくされてやっと、人間の欲望から解放される」のだ。以降、微細なマイクロプラスチックの画像を拡大印刷して制作したペーパークラフト作品〈Giant Micro Plastic〉など、彼はマイクロプラスチック自体をさまざまなアウトプットの仕方で作品にしている。〈Giant Micro Plastic〉について「プラスチックお疲れ様の記念碑」と紹介しながら
「マイクロプラスチックをでっかくすることで、見えないくらい小さい生物たちにはこんなにでっかく見えてるのかもしれないな、みたいな気持ちになりますよね」
と話していた。
実際に台湾でどのような活動を行ったか話す段になって、まず彼はレジデンスの主な目的として掲げていた、海面に漂うプラスチックの採取について言及した。台湾の黒潮海洋文教基金会の協力のもとリサーチが行われ、フェリーの上に10時間滞在という厳しい環境に身を置いたのにもかかわらず思ったような成果が出なかったという。
「海面に浮いたプラスチックは列をつくることが多いんですけど、その列に行き当たらなかった」
と苦い顔をしながら述べていた。リサーチには運も必要なのかもしれない。
海上でリサーチを行うだけでなく、安西は滞在期間中TNUAで作品を制作し、トークイベントとワークショップを開催した。採取したマイクロプラスチックの細部にまでピントを当てた写真作品は本トーク会場でも表示されたが、映るプラスチック片はとても綺麗で、鉱物の結晶に似ていた。ワークショップではマイクロプラスチックの画像を印刷して作った“マイクロプラスチック柄”カバーのクッションを学生と制作したそうだ。カバーには現地のペットボトルを詰めた。TNUAによる所蔵が決まったとのことだが、中身のペットボトルは廃棄物なので所蔵してもらえず所蔵されるのはカバーだけ、と話したところで会場に笑いが起きた。
ペットボトルを集めるだけでなく学生たちには「『答えのない問い』を通してプラスチックについて考えてもらった」と安西は話す。「答えのない問い」とは、自分たちが集めたペットボトルをどう処理すれば環境に影響が少なくなるか、だ。学生たちは最終的に「プラスチックで服をつくる団体に寄付する」というアイデアに辿り着いた。しかしそれについて安西は
「でも服にしたとてプラスチックが繊維状のマイクロプラスチックになるだけなんですよ。プラスチックが環境問題を引き起こすから、って違う素材に変えても今度はその素材が別の問題をつくるでしょうし。なんにしたって、新しく問題は出てきます」
「だから僕は、問題の『解決策』ってファンタジーじゃない?って思うんですよね」
と述べる。
「解決策があると信じてしまえばみんなそこで考えることをやめてしまうじゃないですか。だから『問題には解決する策がある』という考えから脱却したいんですけど。それを見せられるのはいまのところアートだけで……アートってある事柄についてYesと言いながらNoとも言えるじゃないですか。」
安西の作品にはユーモアを感じることが多い。それは特定の立場を示す明確なメッセージの形ではなく、あえて曖昧な、状況の読み方を変えるような形にモノをデザインすることにある。来場者が彼の作品に対する考え方や態度についてよく知ることができた一幕だった。

(向かって左が安西、右がリウ・ユー)
リウ・ユーのトークは本人が話す中国語を逐次通訳する形で行われた。リウ・ユーはTNUAを卒業し、現在は台東に制作拠点を置く。2019年ごろからは、神話や個人史、歴史など特定の「語り・ナラティブ」を題材にして作品制作を行っている。今回の滞在期間中は「擬人化」について調査した。
はじめにリサーチしたのは、マンドラゴラ(マンドレイク)と呼ばれる植物についてだ。マンドラゴラと聞くと魔術を題材にしたファンタジー作品を思い浮かべる人がいるだろう。人面を持った根菜のような植物である。調べてみると、マンドラゴラの表象にはバリエーションがあり、さまざまな生態が書かれた物語が残されているそうだ。リウ・ユーは
「歴史とマンドラゴラのイメージの関連性を調べるうちに、植物と人間が融合したイメージに興味が広がった。」
と経緯を語った。リウ・ユーは次に日本の『古事記』を読み、人間と植物の混合体や、両者が融合した姿の神を探したそうだ。スサノオノミコトに殺されたあと、身体じゅうの穴という穴から作物を生んだというオオゲツヒメノカミを紹介してくれたが、手元のメモを注意深く読む様子から古事記を理解する大変さが伺えた。鳥獣戯画で「人間のように遊んでいる」動物が描かれていることや、室町時代に入って擬人化と妖怪文化が融合したことなどに触れながら、彼女は少しずつ日本の歴史を近代まで遡っていく。膨大なリサーチ量だ。リウ・ユーは、日本の「人形供養」の風習についても調査しており
「人形供養は古くからの風習ではなく、現代的な文化です。人形には魂が宿っていると考えられるので、まず魂を供養します。私が興味深いと思ったのは、人形に向ける感情の『強烈さ』です。まるで亡くなった人間を見送るのと同じくらいの感情を人形に持っているのはすごいと思います。」
と自身の感想を述べた。そのあと、アマビエや九段(半牛半人の怪異)を紹介し、最後にリウ・ユーはトークのつい1週間前に赴いた京都・高台寺でのリサーチについて言及した。高台寺には「マインダー様」というアンドロイド型の観音が安置されており、マインダー様が製作された経緯についても取材を行ったそうだ。
主にリサーチの収穫を惜しみなく共有したリウ・ユーに、4月に開催した神話についての物語を参加者が持ち寄り共有する「ドリーム・インキュベーション・ワークショップ」(詳細は別レポート参照)の感想を聞くと、
「とても興味深かったです。ワークショップが終わってから個人的に物語を紹介するために連絡をくれた人もいて、日常的にみんなこのような物語に関心があるのかなと感じました。世界中の物語が集まったので、世界の神話と日常生活の関係性が浮かび上がりました。」
と教えてくれた。有意義なリサーチ期間になったという。
そんな彼女のもとに、来場者から鋭い質問が届いた。その学生は
「古事記というと、国が国の支配を正当化するために作った物語の側面が大きいかと思います。それでも『ナラティブ』は有効なのでしょうか」
と聞いたのだ。つまり支配層が作り出した物語に含まれる「操作された語り」は参考にできないのでは、という指摘である。しかしリウ・ユーはこれに、
「たしかに国家統治の正当性に繋がる部分があるとは思うんですけど。古事記には日本各地の小話を集めた側面もあるので、物語としての参照性はあると思います。」
と答えた。リウ・ユーの作品の題材はある形態の「語り」だが、彼女は公的な歴史など広い「物語」の定義からはみ出した、個人や私的な物語にも「語り」の役割があると考えている。回答にみられる彼女の「物語の可能性を削らない」姿勢に誠実さを感じた。
このトークイベントで垣間見えた、安西剛とリウ・ユーの作品に対する態度やアプローチの仕方は、正直まったく違う。共通点を探すのが難しいくらいだ。しかしトークを聞いていて、両者ともに「自分のやり方」の重心を知っているのだな、と強く思わされた。自分の「よしとするもの」やそれを実体化するための手法が確立しているから、レジデンス中想定外の事柄に出会っても自分のルールに従ってとりあえず手をつけることができる。その様子はリウ・ユーのトークで特に伝わってきた。
こちら側からは、彼らのなかにあるルールはやっぱりわからないのだが、結果的に「作品」と呼ばれているものに覆い隠された「作品に収斂させるための時間や手法」を、このように観測できることはとても貴重だと実感した。
文:タニグチ アスカ (GA修士課程)
プログラムコーディネーター:金 秋雨 (GA博士課程)
Profile

リウ・ユー
LIU Yu
1985年台湾生まれ。おもにビデオと空間インスタレーションを媒体として創作をおこなっている。彼女は芸術実践の制作方法論として、ドキュメンタリー的性質を持つ現地調査を継続的におこない、それをもとに複数の物語が結びつくように再構成する。空間、歴史、イメージ、語りの断片を繋ぎ合わせることによって、密接な関係性をつくり、物語を補完するようなプロジェクトを実現させている。 最近の個展には、国立台湾美術館での「女性たち」(台中、2023年)や、洪建全基金會/Project Seekでの「もし物語が大洪水になったとしたら」(台北、2020年)がある。グループ展には、「植物たちの遠征」(長征空間/北京、2024年)、「声を揃えて歌う 第8部: 波のあいだ」(ブルックリン鉄道インダストリーシティ/ニューヨーク、2023年)、「アクア・パラディソ」( 国立アジア文化センター/光州、2022年)、および国立台湾美術館での「アジア・アート・ビエンナーレ: ファンタスマポリス」(台中、2021年)がある。
- Participants
- LIU Yu
- Date
- 2025.06.03